菊花賞(2018年)はノーザンファーム生産の関東馬フィエールマンの優勝ーー回顧

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3歳牡馬クラシックの最後の1冠・菊花賞(GⅠ・京都芝3000m)は、デビューから4戦とキャリアの浅いフィエールマン(手塚貴久厩舎・美浦)がゴール前でエタリオウとの叩き合いを制し優勝。レースの上り3Fが12.2 - 10.7 - 11.3と瞬発力を問われることになり、しなやかなストライドで走るフィエールマンに向きました。

 

上りの速いの菊花賞はディープインパクト

菊花賞は歴史的な不良馬場だった昨年を除けば、2015、2016、2018年がともに上りの速いレース。3000mのレースながらもスタミナを問われることはなく、しなやかなスピードを発揮できるかどうかが好走のキーポイントです。

2015年

1着:キタサンブラック

勝ちタイム:3分3秒9

上り3F:11.6 - 12.2 - 11.6

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2016年

1着:サトノダイヤモンド

勝ちタイム:3分3秒3

上り3F:11.6 - 11.5 - 11.6

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2018年

1着:フィエールマン

勝ちタイム:3分6秒1

上り3F:12.2 - 10.7 - 11.2

サトノダイヤモンドとフィエールマンはディープインパクト産駒で、キタサンブラックはブラックタイド産駒とあって、上りの速い近年の菊花賞は「サンデーサイレンス×ウインドインハーヘアー」の血をもつ馬が勝っています。

それにしても、1F10秒台がマークされる今年の菊花賞はかなり異例。まるでダービーのような上りとなっており、ほぼ直線だけ(2F)の競馬でした。フィエールマンはディープインパクトに似たしなやかなストライドで走る馬ですから、上りのかからないレースになったのは大きなプラスだったと言えます。

もう菊花賞はスタミナを削り合うことはなく、ディープインパクト産駒のキレが活きるレースになるのがデフォルト。そのため、いつかスタミナを問われる質のレースになったときに、高配当が出るのでしょう。

 

1着:フィエールマン

父:ディープインパクト

母:リュヌドール(母父Green Tune)

厩舎:手塚貴久(美浦)

生産:ノーザンファーム

首を低く下げてしなやかに前脚を伸ばす姿は、サトノダイヤモンドとはまた異なる美しいフォーム。父ディープインパクトに似た走りからも、高い競争能力があることは間違いありません。

 

血統

母リュヌドールはJRAデビューの3頭がすべて勝ち上がり、その仔ルヴォワール(現4歳牝馬)、フィエールマン、ラストヌードル(現2歳牡馬)の3頭を合わせて8戦6勝という好成績。体質の弱さがネックなものの、間違いなく名繁殖牝馬と言えるでしょう。

母父Green TuneはNijinsky×Mr. Prospector×South Ocean(✳︎)という配合なので、ラキシス=サトノアラジンを出したマジックストームと血統構成が似ています。

Green Tuneの祖母Ocean's AnswerとマジックストームのStorm Birdは姉弟。また、どちらも父がNorthern Dancer系なので、ほぼ同血という間柄です

ディープインパクトと母父Green Tuneは好相性で、さらに祖母Luth d'Orが非Northern Dancerの異系血統。この部分がフィエールマンの競争能力に豊かな活力を与えています。

ディープインパクト産駒としては奥行きのある配合で、ベストは直線の長いコースです。菊花賞を制したものの、本質的には中距離馬。ジャパンカップや天皇賞・秋での走りに期待しましょう。

 

菊花賞の勝因

フィエールマンが菊花賞を制した要因は以下の3点です。

ノーザンファーム天栄の戦略

追走に脚を使わない流れ

後半2F戦

ノーザンファーム天栄のクラシック戦略については以下に書くので、ここでは残りの2点について。

スタートが不安定なフィエールマンにとって、ゆったりとした流れで先行馬の直後のポジションを取れたことはあまりにも大きかった……。予想の段階ではあのポジションにいるとは思わないですから……。また、しなやかなキレの活きる後半2F戦になったのも勝因のひとつです。

 

ノーザンファーム天栄とクラシック

今年は3冠牝馬のアーモンドアイが桜花賞・オークス・秋華賞のすべてを「ノーザンファーム天栄」経由で勝利。ラジオNIKKEI賞からの休み明けとなったフィエールマンが菊花賞を制したのは、「ノーザンファームの外厩」による力が大きかったと言えるでしょう。

アーモンドアイやフィエールマンのように体質の弱い馬がクラシックを制するには、トライアルを使ってキャリアを積むよりも、レース間隔を空けてフレッシュな状態で出走する必要があります。そして、間隔が空いてもGⅠレースで力を発揮できる「仕上げ」は、ノーザンファーム天栄の「調整力」によるものです。

ノーザンファーム天栄はアーモンドアイとフィエールマン2頭のGⅠ馬を手掛けたことで、関東馬がトライアルをパスしてクラシックに臨む道を拓きました。今後、この2頭と似たローテーションを選択する関東馬が増えることは間違いありません。

 

ノーザンファーム天栄であっても……

ただ、ノーザンファーム天栄であればOKなのかと言えばそうではなく、似たようなローテーションで臨んだブラストワンピースは馬券外の4着と敗退しました。これは単純に厩舎力の差。もう、アーモンドアイ級の図抜けた能力のある馬でない限り、大竹調教師がGⅠを勝つのは難しいのではないかと考えられます。

大竹調教師はルージュバックのときと同じように、GⅠを勝てる可能性のあるノーザンファーム生産馬は「直前入厩(レースの10日前入厩)」を指示されるでしょう。

つまり、ノーザンファーム天栄から厩舎へと入った後にどのような調整がなされるのか、その「差」がより重要となってきます。外厩の影響力が大きくなればなるほど、「厩舎力」の差がレースの結果に直結するのです。

 

2着:エタリオウ

エタリオウは春から馬体重を18kg増やして菊花賞に出走し、ステイゴールド産駒らしい成長力を見せました。神戸新聞杯で内へモタれる悪癖を見せることなく、ゆったりとしたペースを利して外めをスムーズに走れました。

菊花賞は3コーナーからペースが上がるため、後方から外目を捲るのが難しいレースです。内枠に入った馬が好成績なのは、イン有利な高速馬場になること、ペースの上がる3〜4コーナーを外から追い上げるとロスが大きいことによります。

エタリオウはスタートが悪く後方の位置取りになったものの、一貫して遅いペースを利して道中でポジションをスルスルと上げることができました。また、3コーナーから外目を追い上げてもロスのないペースでしたし、むしろ下り坂を利してスピードを上げられる絶好のポジションだったと言えます。最後はフィエールマンの鋭さに屈したものの、この馬の能力は十分に発揮しました。

 

個人馬主の複数頭出しは大きなプラス

金子真人氏や「サトノ」の冠名でお馴染みの里見氏などの有力な個人馬主は、GⅠに所有馬を複数頭出走させることがあります。

サトノダイヤモンドの制した2016年の有馬記念は、同馬主のサトノノブレスがアシスト役となり、キタサンブラックにプレッシャーを与えたなどと言われるレース。事の真偽はともかく、複数頭でレースの流れを作れるのは大きなプラスです。

今年の菊花賞は2着エタリオウと逃げたジェネラーレウーノが同馬主でした。後方から外目を回すしかないエタリオウをアシストするため、ジェネラーレウーノの田辺騎手がスローに落としたのだとしたら、完璧なレースメイクだったと言えるでしょう。

ジェネラーレウーノはパワータイプの先行馬ですから、京都コースのように速い時計の出る馬場を苦手とします。ただ、今週の京都芝はやや時計のかかるコンディションでしたし、前脚の伸びる走法からも淀の下り坂をスムーズに走れるタイプ。3コーナーからペースを引き上げられなかったのは、この馬が好走するためには腑に落ちないレースメイクでした。

 

今後に向けて

菊花賞はプラス体重で出走した神戸新聞杯からさらに4kg馬体を増やしての出走。オルフェーヴルと似たような成長曲線を描いているのは今後に向けて好材料です。

この馬は淀の下り坂でスピードに乗せ、その惰性で伸び続けられるのが最大の長所で、しなやかなフォームだとしても「瞬発力」がディープインパクト産駒ほど優れているわけではありません。

ストライド走法なので長い直線に向いていますが、ジャパンカップや天皇賞・秋であれば上りのかかる展開になるのがベストでしょう。今春のダービーと似た4F戦だとキレ負けする恐れが……。モタれなければGⅠ級の能力があることはわかったので、ベストは左回りコースです。

 

3着:ユーキャンスマイル

結果として、エポカドーロとメイショウテッコンの有力な先行馬がインに閉じ込められ、ブラストワンピースよりも前のポジションを取れたのが功を奏しました。枠の並びが最高だったのと、内ラチから3頭分ほどは伸びない馬場コンディションだったのを見越した武豊騎手が、絶妙な進路を取れたことが好走の要因です。

もともとビュンとキレるというよりも、ズドーンと脚を使いたいタイプですから、これだけ速い上がりだと3着まで……。この馬は母系に入るNijinskyの影響が強く出た「胴長の馬体」からも、もう少しスタミナを問われる質のレースがベストでしょう。

この馬を◎にしたのは枠順と出世レースの阿賀野川特別を好走していたから。古馬になってからも期待できる血統なので、今後にも注目ですね。

 

4着以下の馬について

4着のブラストワンピースはビュンと反応できるタイプではないので、3コーナーを過ぎてエタリオウよりも後ろのポジションにいては……。負けたのは淀の下り坂をロスなく走れる血をもっていない分と、厩舎力の差だと考えています。

5着のグローリーヴェイズはスタミナではなく上りの速さを求められるレースであれば、ディープインパクト産駒だけあって、ソコソコに好走できました。ユーキャンスマイルと枠順が反対だったら、3着に入線していたかもしれませんね。パワーよりもキレのあるディープインパクト産駒は福永騎手にとってお手のもの。コンビが継続されることを望みます。

上位人気の1頭エポカドーロは8着。1周目のホームスタンドでインのポケットに入っていたので、ペースを引き上げることができませんでした。ここまで田辺騎手がスローに落とすことを予想するのは難しいにせよ、この馬がレースを支配するにはポケットに入る必要性はなく、その点はもったいなかったですね。

 

まとめ

アーモンドアイとフィエールマンは、「ノーザンファーム生産の関東馬」がクラシックを取るための新たな道筋を示しました。ノーザンファーム天栄がこの2頭で得た経験は来年以降にフィードバックされます。そう考えると、私たちは「GⅠはこのローテーション!」という概念に囚われず、ノーザンファームの切り拓くローテーションにフィットしなければなりません。

フィエールマンの菊花賞制覇は、私たちにさまざまな示唆を与えたことだけは間違いありません。

以上、お読みいただきありがとうございました。