ダイタクヘリオスもシンコウラブリイもタイキシャトルも、90年代のマイルCSを先行して勝ち切った馬たちは、3コーナーの上り坂で軽くハミを噛んでいて、それでも、4コーナーを痺れる手応えで回ってきました。
▼1991年マイルCS 1着:ダイタクヘリオス
▼1992年マイルCS 1着:ダイタクヘリオス
▼1993年マイルCS シンコウラブリイ
91年と92年のマイルCSを連覇したダイタクヘリオスのレースを観てもらえれば、リラックスした走りではないことがわかります。シンコウラブリイの93年などは、3コーナーから4コーナまでハミを軽く噛ませながらの走り。これらの映像は、現代の競馬ファンからすれば「かかっている」ように見えるかもしれませんが、これは前向きな気性を考慮した騎乗法です。
▼1997年マイルCS 1着:タイキシャトル
▼1998年マイルCS 1着:タイキシャトル
引用:jraofficial - YouTube(公式サイト)
98年のタイキシャトルも鞍上の岡部騎手が、スタートから4コーナーまで軽くハミを噛ませながらの追走。パワーと体力に優れたトップマイラーであれば、折り合いに専念してしなやかに「差す」のではなく、「かかる」寸前のゴリ押し先行で勝ち切れます。
✳︎97年のタイキシャトルの鞍上は横山典弘騎手
パワーマイラーが減少した2000年代
2000年代に入ってサンデーサイレンスの血が広まると、かかり気味に先行して押し切るパワーマイラーが減少し、デュランダルなどしなやかに差す馬が台頭しました。
2006、07年を連覇したダイワメジャーはパワータイプの先行馬(✳︎)でしたが、それ以降はモーリスが登場するまでしなやかマイラーが優勢の時代だったと言えるでしょう。
✳︎ダイワメジャーの主戦を務めた安藤勝己騎手は、岡部騎手と同じようにスタートから馬にハミを噛ませる騎乗スタイル。
日本の芝レースは、ハミを抜いてバキューンがスタンダードに
サンデーサイレンスの活躍とともに、GⅠレースを面白いように勝っていたのが武豊騎手。
✳︎武豊騎手のJRAの芝GⅠ勝利数は66を数え、その内24勝がサンデーサイレンス直仔によるものです。
武豊騎手は道中ハミを抜いて馬をリラックスして走らせ、最後の直線で末脚を伸ばす騎乗を得意としていたため、しなやかにキレるサンデーサイレンス産駒との相性は抜群でした。
スタートからハミを掛けない「長手綱」で騎乗し、繊細な技術でピタリと馬を折り合わせると、勝負所でハミを掛けてバキューンと脚を使うーーいつしかそれが、日本の競馬のスタンダードになりました。
外国人騎手はハミを掛けてスタートを切る
北米と欧州ともに、外国を拠点とする騎手はスタートからハミを掛けます。大きな理由は、日本の芝のような瞬発力(1F10秒台に入るような末脚)を問われるレースがないからです。
日本でも活躍を見せるJ・モレイラ騎手は、手綱を短くもってスタートからハミを掛け、しっかりとポジションを取るレースを心がけています。そのため、4コーナーの勝負所でスッと反応できるのは、この折り合いの技術によるものです。
R・ムーア騎手はモーリスでも折り合える
英愛のトップジョッキーとして君臨するR・ムーアは、気性の難しいモーリスをマイルCSでも天皇賞・秋でも香港カップでも御して見せました。
モーリスは前進気勢の強いピッチで走り、ゲートも折り合いも不安定の馬。少なくともムーア騎手がこの馬で折り合いを欠いたことはありません。
その騎手が、母メサイアよりも祖母デジャヴーに体型や体質の似ていて、ノーザンテースト的なピッチを受け継いだエアスピネルに乗るのですから、「ハミを噛む」などの心配はナンセンスです。
ムーアはSadler's Wellsに乗せたらお手のもの
Northern Dancer直仔の大種牡馬と言えば、欧州ではSadler's Wellsがその筆頭。そして、R・ムーア騎手が優先騎乗契約を結んでいるアイルランドの名調教師A・オブライエン厩舎には、その血を引く管理馬であふれています。
昨年の凱旋門賞の1〜3着をA・オブライエン厩舎+Sadler's Wells直仔のGalileo産駒が独占したのは記憶に新しいところです。パワータイプのSadler's Wellsの孫に乗せたら、ムーア騎手は超一流ですから、同じNorthern Dancer系のノーザンテーストを引く馬に乗せても……予想はできますよね?
エアスピネルの前向きな気性はどこから来るのか?
エアスピネルの前向きな気性はどこから来るのかを考えると、母系ではなくキングカメハメハの父Kingmanboによるものでしょう。この大種牡馬の母父Nureyevの母Specialは、子孫にパワーで突進する気性を伝えます。
近年、この気性がもっともよく表れているのは、短距離馬のシュウジ(母父Kingmanbo)とレッツゴードンキ(Special5×5のクロス)です。どちらも前向きな気性をコントロールするのが難しい馬。この2頭が洋芝で好走しているのは、パワーにあふれているからと言えます。
そして、このパワーをコントロールするのは、Sadler's Wellsを得意とするムーア騎手にとってはお手のもの。Sadler's Wellsの母母がSpecialですからね。
R・ムーアは岡部騎手のように乗れる
R・ムーア騎手であれば、シンコウラブリイやタイキシャトルの岡部騎手のように、ハミを噛ませたままでも折り合いをつけられます。
もう20年ほど前、パワーマイラーたちが痺れる手応えで4コーナーを回ってきたあの走りをR・ムーア騎手には期待します。
そう、あの頃のパワーマイラーたちはハミを噛んで走っていた。