2018年のエリザベス女王杯(GⅠ・京都芝2200m)は、ハーツクライ産駒のリスグラシュー(4歳牝馬・矢作芳人厩舎)が直線・馬場の中央から逃げるクロコスミアをゴール前で捕らえてGⅠ初制覇。着順上位馬は「好位」で立ち回った馬たちばかりなので、差し切ったリスグラシューの強さが際立った1戦と言えます。
ハーツクライ産駒が京都のGⅠを初制覇
ハーツクライ産駒は天皇賞・春を5年(2014〜18年)続けて2着、エリザベス女王杯もヌーヴォレコルトが2年続けて2着と好走しているものの、これまで京都のGⅠを勝ち切れていませんでした。
京都の芝外回りコースは3〜4コーナーに下り坂があり、ここからペースアップしてゴールまでなだれ込むレースがデフォルトです。ハーツクライ産駒はトニービンの血が影響しているため、下り坂よりも上り坂を得意とします。この下り坂でスムーズに加速できない分だけ、これまでは京都のGⅠを勝ち切れなかったと言えるでしょう。
今年のエリザベス女王杯は例年と同じく「スロー+上り3F勝負」となりましたから、持続戦を得意とするリスグラシューにとっては苦しいペース。ハーツクライ産駒のもっとも苦手とする流れにもかかわらず、外から差し切ったリスグラシューはここだと力が抜けていましたね。
エリザベス女王杯は今年も「スロー+上り勝負」
週中の展望記事でも書いたように、近年のエリザベス女王杯は「スロー+上り3F勝負」になるのがデフォルトです。そのため、「好位+イン」で立ち回れる器用な馬が好走します。
京都の芝外回りコースならではの3コーナーからの持続戦にはなりませんから、馬場の外から差し切った今年のリスグラシューは「すごい!」とため息が漏れるほどの強さでした。
持続力は問われない
3歳クラシックを除いた牝馬のGⅠ路線はどうしても「何度も顔を合わせたメンバー」での戦いとなります。お互いに手の内がわかっていることから、各馬の仕掛けが早くなる(3コーナーからペースが上がる)ことはほぼありません。
エリザベス女王杯は3〜4コーナーから1F11秒台のラップに上がらないので、持続力を問われることもないのです。スローの上り勝負となるので、アロマティコやディアデラマドレなどの小回り向きのピッチ走法の馬が3着に入ることもあり、それもこのレースの特徴と言えるでしょう。
1着:リスグラシュー 4歳牝馬
父:ハーツクライ
母:リリサイド(母父American Post)
厩舎:矢作芳人(栗東)
生産:ノーザンファーム
リスグラシューは父ハーツクライと母系に入るMill Reef譲りの重厚なストライドで走るので、1F11.5〜12.0のラップが4F以上続くレースを得意とします。
これまでのリスグラシューのGⅠ成績を上り3Fとともに振り返ってみましょう。
▼リスグラシューのGⅠ成績と上り3F
・2016年
阪神JF:2着
レース上り3F:11.5 - 11.5 - 12.2
・2017年
桜花賞:2着
レース上り3F:11.5 - 11.9 - 12.8
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オークス:5着
レース上り3F:11.3 - 11.2 - 11.6
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秋華賞:2着
レース上り3F:12.5 - 12.1 - 12.4
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エリザベス女王杯:8着
レース上り3F:11.6 - 11.2 - 11.6
・2018年
ヴィクトリアマイル:2着
レース上り3F:11.1 - 11.2 - 11.7
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安田記念:8着
レース上り3F:11.4 - 11.4 - 11.7
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エリザベス女王杯:1着
レース上り3F:11.6 - 11.4 - 11.7
リスグラシューは3歳時まで、1F12秒台のレースだと好走し、上り3Fをすべて11秒台でまとめられると凡走していることがわかります。高速馬場の1600m戦だったヴィクトリアマイルは上りの速いレースに対応したものの、本質的には上りのかかるレースに向いた馬です。
スローの上り勝負となったエリザベス女王杯を外から差し切るのは、この馬自身が古馬になってから成長するハーツクライ産駒の特徴を受け継いでいるからでしょう。これまでとは異なる質のレースでも好走したのですから、驚くほかありません。
J・モレイラのマジック?
モレイラ騎手ならリスグラシューで先行することもあるかなと思っていましたが、さすがに中団に控える競馬。道中はロスなく進め、4コーナー手前から仕掛けると直線でズドーントと弾ける脚を使いました。
今走のモレイラ騎手は「ソツのない騎乗」をしており、ファンの度肝を抜くようなスペシャルなものではありません。それにもかかわらず、クロコスミアが逃げ切る展開を差し切るのですから、これは馬が強かったと評する他にないでしょう。
もちろん、コースロスを最小限にとどめ、馬への負担が少ない乗り方だからこそ、脚を余すことなく発揮できたのですから、素晴らしい騎乗だったことは間違いありません。
ノーザンファーム生産馬の使い分け
今年のエリザベス女王杯は牝馬3冠のアーモンドアイ、前哨戦の府中牝馬Sを快勝したディアドラの2頭が回避しました。この2頭が回避したことで、同じノーザンファーム生産馬のリスグラシューとノームコアはモレイラ騎手とC・ルメール騎手を確保でき、それが功を奏したと言えるでしょう。
今年の下半期のGⅠはスプリンターズSのファインニードルを除くと、すべてノーザンファーム生産馬が勝利しています。C・ルメール騎手が主戦を務めるレイデオロとアーモンドアイがレースを使い分けるように、今後の芝中距離GⅠはノーザンファームの意向がより濃くなるはずです……。
ノーザンファーム生産馬がジャパンカップ、香港国際競争、有馬記念をどのように使い分けるのか、この点もGⅠを予想する上での重要なファクターになります。これは好むと好まざるとにかかわらずのことなので、致し方ないですね。
2着以下の馬について
今年のエリザベス女王杯は昨年と似たようなペースになったので、2着クロコスミア、3着モズカッチャンは順当な結果だったと言えます。1コーナーで岩田騎手のクロコスミアが楽にハナを切ったところで、「あ〜、今年もまたスローか……」と肩を落としました。
▼エリザベス女王杯のレースラップ
・2017年
12.5 - 11.3 - 12.7 - 12.8 - 12.7 - 12.8 - 12.9 - 12.2 - 11.6 - 11.2 - 11.6
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・2018年
12.3 - 11.2 - 12.9 - 12.7 - 12.3 - 12.5 - 12.5 - 12.0 - 11.6 - 11.4 - 11.7
さすがに昨年ほどは緩まなかったとは言え、3〜4コーナーでまったく動きのない競馬。リスグラシューを除けば、上位に入線したのは「好位+イン」を走っていた馬ばかり……。
エリザベス女王杯の予想に書いた通り、持続戦になる可能性は1mmもなかったですね。誰も予定調和のスローを打破しようとはせず、淡々とレースが流れました。ただひとつ想定外だったのは、このペースでリスグラシューが差し切ってしまったこと。
3着以下は前半でいかに上手くポジションを取ったか、そして4コーナーで前が壁にならなかったかの差です。昨年と似た展開なので、M・デムーロ騎手があの位置から4コーナーで仕掛けるわけもなく、その直後を取っていた馬たちにはノーチャンスでした。
4着レッドジェノヴァの池添騎手はモズカッチャンの位置が欲しかったのでしょうが、惜しくもその直後におさまる形。7着フロンテアクイーンは4コーナーで前が壁になり、直線はミスパンテールの直後ですから、仕掛けるスペースがありませんでした。
不思議なレース
例年のエリザベス女王杯なら、今日の展開だと「1着クロコスミア→2着モズカッチャン→3着リスグラシュー or レッドジェノヴァ」となるのが自然です。このペースでリスグラシューが差し切ってしまったとなると、やはり牝馬路線のトップはディアドラとアーモンドアイの2頭になるのでしょう。
エテルナミノル15着
「スロー+3F勝負」なら外目を先行して粘り込むのではと妄想したエテルナミノルは15着。スタートで後手を踏んだ瞬間にレースが終わったので、これは仕方ありません。スタートが切られて1秒後には購入した馬券の3分の2が紙くずとなり、3〜4コーナーでペースが上がらない時点で残りの馬券もサヨウナラとなりました。
まとめ
エリザベス女王杯は2013〜18年において、6分の5の確率で「スローの上り勝負」となっています。菊花賞のときと同じことを書きますが、京都の外回りコースのGⅠはもう、3コーナーからペースが上がっての持続戦にならないのでしょう。
それにしてもハーツクライ産駒が上り3F勝負となった京都のGⅠを勝つ日が来るとは……今年のエリザベス女王杯はとにかく不思議なレースでしたね。