天皇賞・春(2020年) キセキと武豊騎手はトニービンの血を振り絞ることができるのか?ーー展望

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古馬の長距離チャンピオンを決める天皇賞・春(GⅠ・京都芝3200m)は連覇を狙うフィエールマンと前哨戦の阪神大賞典を快勝したユーキャンスマイルとの対決に注目が集まっています。そしてもう一つ、ファンが期待を寄せるのは「キセキと武豊騎手のコンビがどのようなレースを繰り広げるのか?」です。

 

父ルーラーシップと同じ軌跡を辿るのか?

キセキは前走の阪神大賞典において大きく出遅れ、単勝1倍台ながらも7着と掲示板に載ることすらできませんでした。

キセキの父ルーラーシップも現役時代は出遅れに悩まされた馬。2012年の有馬記念で大きく出遅れ、「ゲート裏に待機した角居調教師が頭を抱えた」というのは有名な話です。

ルーラーシップは母が名牝エアグルーヴという良血馬。大レースではいつも上位の人気になるものの、JRAのGⅠを勝つことはできませんでした。現役競走馬としてのラストシーズンとなった2012年は、宝塚記念2着→天皇賞・秋3着→ジャパンカップ3着→有馬記念3着とあと一歩のところでGⅠに手が届かず……。

ラストランとなった有馬記念での「大出遅れ」はこのレースに全力を注いだ角居調教師にとっても悔しいレースだった思います。

脚質が違いこそすれ、キセキとルーラーシップはフットワークやGⅠにおける好走歴など、競走馬として重なる部分が多いのも事実です。キセキが父と同じように「出遅れ」を矯正できずに現役を引退することになるのでしょうか?

 

武豊を鞍上に迎える

角居調教師はキセキとルーラーシップの父子2代の「出遅れ」に悩まされることとなったわけですが、天皇賞・春に向けての策のひとつは「スタートの巧みな武豊騎手」を鞍上に据えたことでしょう。

現役でもスタートが巧みなのは武豊と福永祐一騎手の2人。ともに馬への当たりが柔らかく、クセのある馬であってもポンと好スタートを切らせてしまう技術に長けています。

単に「出遅れ」という点のみにフューチャーすれば、この鞍上交代は十分にプラスでしょう。ただ、武豊騎手に替わったことのマイナス面ももちろんあります。

 

武豊騎手の逃げは素晴らしいが

武豊騎手の「逃げ」と言えば、近年では芝中長距離の王者キタサンブラック、フェブラリーSを制したインティなどが上げられるでしょう。この2頭のレースぶりを見れば、「さすがに武豊騎手が逃げると、後ろの騎手はなす術がない……」と思わせるものばかりです。

でも、少し待って下さい。近10年で天皇賞・春を逃げ切った2頭、ビートブラックとキタサンブラックはレース・メイクのコンセプトがまったく異なっています。もし、武豊騎手がキタサンブラックの感覚でキセキとともに逃げるのであれば、よほど展開のアシストがないかぎり勝ち切るまでは難しいでしょう。

 

下り坂と上り坂

まずはビートブラックとキタサンブラックの勝利した天皇賞・春をレースラップから振り返ってみます。

2012年 ビートブラック

京都芝3200m

馬場状態:良

勝ちタイム:3分13秒8

レースラップ:13.0 - 11.6 - 11.3 - 11.7 - 12.4 - 11.9 - 11.9 - 12.7 - 12.7 - 12.7 - 12.1 - 11.9 - 11.4 - 11.7 - 12.3 - 12.5

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2016年 キタサンブラック

京都芝3200m

馬場状態:良

勝ちタイム:3分15秒3

レースラップ:13.0 - 12.1 - 12.4 - 12.2 - 12.1 - 12.0 - 11.6 - 12.9  - 12.6 - 12.6 - 12.7 - 12.5 - 11.6 - 11.4 - 11.7 - 11.9

2012年と2016年のレースラップを比べると、どのような違いがあるでしょうか?

2012年はゴールデンハインドとビートブラックの2頭が後続を大きく引き離しての逃げとなったため、2016年と比べてもスタートしてから1F11秒台のラップが並ぶなど例年の天皇賞・春とは異なるラップとなっています。

また、2012年は残り1200mの区間、2016年は残り800mの区間からペースアップしているのが大きな特徴です。ビートブラックがペースを上げた残り1200m地点は高低差4mの上り坂が待ち構え、キタサンブラックがペースを上げた残り800m地点は有名な「淀の下り坂」が始まる地点。

さて、キセキが天皇賞・春を勝つとしたら、ビートブラックと似たペースを作る必要が出てきますが、それはなぜなのでしょうか? どうしてキタサンブラックと同じように下り坂でスパートをしてはダメなのでしょうか?

 

トニービンとPrincely Gift

天皇賞・春の勝ち馬は2013年のフェノーメノから2019年のフィエールマンまで、すべてある種牡馬の血を引いています。ステイゴールド産駒のフェノーメノ、ゴールドシップ、レインボーライン3頭は父から、キタサンブラックとフィエールマンは母系からその血を受け継いでいるのですが、ピンと来るでしょうか?

Princely Gift

そう、天皇賞・春は7年続けてPrincely Giftもちが優勝をしており、これはさすがに「偶然」では片付けられません。それでは、どうしてPrincely Giftもちが好走するのかを考えてみましょう。

 

下り坂が得意なPrincely Gift

 Princely Giftの血の影響を受けた馬は、前駆を「しなやかに」かつ「無駄なく」動かせるため、下り坂をスタミナのロスなく走ることが可能です。

天皇賞・春は京都の外回りコースで行われ、「淀の下り坂」を2回走らなければならないレース。つまり、下り坂の得手・不得手がレースの結果に直結したとしても不思議ではありません。

ステイゴールド産駒が天皇賞・春を得意とするのは豊かなスタミナを伝えるからだけではなく、Princely Giftの血が「下り坂」への高い適性をもっているからだと言えます。

 

ハーツクライ産駒は天皇賞・春と好相性?

次は天皇賞・春の2着馬に注目してみましょう。2014〜2018年の2着馬はすべてある種牡馬の産駒です。ちなみに、14年から2着馬を上げると以下の通りとなります。

2014年:ウインバリアシオン

2015年:フェイムゲーム

2016年:カレンミロティック

2017年:シュヴァルグラン

2018年:シュヴァルグラン

名前を見れば、皆さまピンと来るのではないでしょうか。

ハーツクライ

スタミナに優れたハーツクライの産駒が6年続けて2着となっており、近年の天皇賞・春は昨年を除いて、1着Princely Giftもち、2着ハーツクライ産駒を買うだけで馬単を当てることができたのです。

 

ハーツクライは京都のGⅠが苦手?

ハーツクライ産駒は現在までにGⅠを17勝(12頭)しています。その内、京都のGⅠはリスグラシューの制したエリザベス女王杯のみです。

豊かなスタミナを産駒に伝えるハーツクライが、長距離GⅠの菊花賞と天皇賞・春を勝つことができないのは、京都外回りコースの「下り坂」を得意とする血をもたないからでしょう。

 

トニービンの血は上り坂が得意

ハーツクライの母父に入るトニービンは東京の大レースを得意とする産駒を多く出しました。トニービンが東京コースを得意としたのは、長い直線をズドーンと伸び続けることのできる末脚を産駒に伝えたからです。

そのパワフルで重厚なストライドは、東京コースのホームストレッチに設けられた上り坂も苦にせず駆け上がることができます。つまり、トニービンの血は「上り坂>下り坂」の適性をもつのです。

天皇賞・春は淀の下り坂でスムーズに加速し、直線に入ってからそのスピードの惰性を活かして粘り込むレース。このレースで求められるものは、下り坂から直線にかけてのスピードをいかにゴール前まで我慢できるかという意味でのスタミナです。

トニービンが京都外回りコースで行われるGⅠを勝てなかったのは、上り坂をパワフルに駆け上がれる反面、下り坂をスムーズに走るしなやかさに欠けているからだと言えます。

 

ビートブラックはトニービンもち

ここまで書けば、父系にトニービンをもつビートブラックが「なぜ?」天皇賞・春を逃げ切ることができたのかがわかるでしょう。そう、それは以下の通りです。

・3コーナー手前の上り坂の区間で仕掛けたから

ビートブラックにとっての勝ち筋は「下り坂でスピードをもらい、その惰性で直線を粘り込む」ものではありませんでした。下り坂を得意とする血をもたないのであれば、そう、「上り坂を得意とするトニービンの血を振り絞る!」こと、これが勝利を得るためにビートブラック+石橋脩騎手の出した答えだったのです。

✳︎聡明な読者の方なら、「あれ? でもこれはおかしくない?」と気付くことがあるでしょう。そう、キセキは京都の外回りコースで行われる菊花賞を制しているのです。

この答えは簡単で、キセキの制した菊花賞は「歴史的」と呼ばれるほどの不良馬場でのもの。つまり、下り坂の得手・不得手を超えたレベルの不良馬場でした。

 

武豊騎手はトニービンの血を振り絞れるのか?

父系にトニービンをもつキセキが天皇賞・春を勝つためには、2周目3コーナーの上り坂でスパートをしなければなりません。鞍上の武豊騎手はキセキをポンとスタートさせることができるのか? だけではなく、「トニービンの血を振り絞る」ような逃げを打てるのか? という命題も課されています。

キセキのベストパフォーマンスと言われる2018年のジャパンカップは後半1000mが「11.4 - 11.4 - 11.0 - 11.4 - 12.0」という持続ラップでした。武豊騎手がこのイメージで、恐れることなく京都の上り坂でスパートすることができれば……キセキが勝つシーンも想像できますね。

 

まとめ

今年の天皇賞・春は順当ならば、Princely Giftもちのフィエールマンの連覇が濃厚です。ただ、もしキセキがトニービンもちが好走するゾーンのレースを作るのなら、Princely Giftもちにとっては苦しい展開になるでしょう。

キセキが好スタートを切れるのかだけではなく、どのような逃げを打つのか、それを読み切れれば天皇賞・春の馬券が当たるかもしれませんね。

以上、お読みいただきありがとうございました。