2016年、3歳牡馬クラシックの3冠すべてに出走し、皐月賞4着→ダービー4着→菊花賞3着とGⅠタイトルに手が届かなかったエアスピネルは、4歳の今年、マイル路線へと転向しました。
今春の最大目標だった安田記念(GⅠ・東京芝1600m)は、2人気の支持を受けたものの5着と敗れ、またもGⅠの壁に跳ね返される結果に。
エアスピネルは前走、不良馬場の富士S(GⅢ・東京芝1600m)を楽勝したことから、マイルCSではふたたび上位人気に推されることになります。果たして、この良血馬は手の届かない「夢」をつかみ取ることができるのでしょうか?
マイルCSで好走できるのかを考察する前に、「良血馬」と言われるエアスピネルを産んだ名牝エアメサイア、そして、日本で大きな繁栄を見せるアイドリームドアドリーム牝系についておさらいしておきましょう。
日本で繁栄するアイドリームドアドリーム牝系
エアスピネルの曾祖母にあたるアイドリームドアドリーム(I Dreamed a Dream)は、牝馬クラシックを好走したエアデジャヴー(父ノーザンテースト)、皐月賞と菊花賞の2冠を制したエアシャカール(父サンデーサイレンス)といった活躍馬を産んだ名繁殖牝馬。
アイドリームドアドリームの血統表 | 競走馬データ - netkeiba.com
さらに、エアデジャヴーの仔から、2年続けて有馬記念3着など長く重賞戦線で活躍したエアシェイディ(父サンデーサイレンス)、秋華賞馬エアメサイア(父サンデーサイレンス)が出ており、この牝系は日本で大きな繁栄を遂げています。エアメイサイアの仔スピネルもこの名門牝系の出身です。
アイドリームドアドリーム牝系の特徴
アイドリームドアドリーム牝系のなかで、牝馬と牡馬の3歳クラシックを好走したのは、エアスピネルを含めて4頭に上ります。デジャヴー、シャカール、メサイア、スピネルはいずれも3冠すべてのレースを走り、かつ掲示板内に好走。4頭のクラシックにおける成績を見てみましょう。
▼4頭のクラシックにおける成績
エアデジャヴー(1995年産)
桜花賞:3着
オークス:2着
秋華賞:3着
エアシャカール(1997年産)
皐月賞:1着
ダービー:2着
菊花賞:1着
エアメサイア(2002年産)
桜花賞:4着
オークス:2着
秋華賞:1着
エアスピネル(2013年産)
皐月賞:4着
ダービー:4着
菊花賞:3着
ケガをすることなくクラシック3冠を走り切っていること、そして、コンスタントに好走しているのは素晴らしいの一言です。この戦績を見るだけでもアイドリームドアドリーム牝系のもつポテンシャルの高さがわかります。
上の表で青色でマークした数字は東京芝2400mで行われたダービーとオークスの成績を表し、デジャヴー、シャカール、メサイアはいずれも2着と「あと一歩」で栄冠をつかむことができませんでした。
エアデジャヴーのオークスは、先に抜け出したエリモエクセルにゴール前まで追いすがったものの、惜しくも届かずに2着。シャカールのダービーは、直線先頭に立ったところをダービー初制覇を目指す河内騎手の渾身のムチに応えたアグネスフライトに差されての2着。メサイアのオークスは、俊敏な脚さばきで直線先頭に立ったところを名牝シーザリオに差されての2着でした。
✳︎シーザリオの息子リオンディーズは、朝日杯FS(GⅠ・阪神芝1600m)でエアスピネルを差し切っており、母子ともども因縁のある相手と言えます。
いずれも無駄のない脚さばきで、「おっ!」と思わせる伸びを見せたものの、直線の長い東京コースでは「あと一歩」足りませんでした。
スピネルのダービーも、直線で俊敏に抜け出したものの、サトノダイヤモンド、マカヒキ、ディーマジェスティに差されてしまい、いかにもこの牝系らしい敗戦だったと言えます。
小回り・内回りで活きる機動力
小回り中山コースで行われた皐月賞をエアシャカールが、京都内回りコースの秋華賞をメサイアが勝ち、デジャヴーも中山1800mのクイーンS1着(当時は秋華賞トライアルのGⅢ)で高いパフォーマンスを出しているように、この牝系は内回り・小回りコースがベストです。
回転の速いピッチ走法のエアスピネルもこの特徴を受け継いでいて、クラシック3冠のなかでもっともチャンスがあったのは、中山で行われた皐月賞でした。
その皐月賞は4着に敗れたとは言え、1000m通過が58.4秒のペースを好位で進めると、4コーナーから捲る積極的な競馬で見せ場を作り、間違いなくこのレースがベストパフォーマンスでしょう。
シャカールとメサイアの主戦を務め、この牝系の長所も短所も知り尽くす武豊騎手だからこその強気な競馬。俊敏にコーナーを加速できるピッチ走法のエアスピネルにとって、小回りをサササッと捲ったこの競馬こそ真骨頂と言えるものです。
エアスピネル 4歳牡馬
父:キングカメハメハ
母:エアメサイア(母父:サンデーサイレンス)
厩舎:笹田和秀(栗東)
生産:社台ファーム
新馬戦(阪神芝1600m)→デイリー杯2歳S(GⅡ・京都芝1600m)を連勝したときは、クラシック候補生として大きな期待を集めました。単勝1.5倍に支持されたGⅠ朝日杯FS(阪神芝1600m)は直線で手応え十分に先頭へと立ったものの、しなやかなストライドで走るリオンディーズにゴール前で差し切られての2着。
朝日杯が以前のように中山芝1600mであれば、エアスピネルのピッチ走法がリオンディーズのしなやかストライドを凌いでいたのかもしれませんが……巡り合わせというのは時として「酷」なものです。
3歳クラシックは皐月賞、ダービー、菊花賞を完走し、すべてで掲示板に入る走り。ダービーと菊花賞は距離の問題もあったとは言え、それ以上に直線の長いコースではこの馬の機動力を活かし切ることができませんでした。
4歳となった2017年はマイル路線へと転向し、京都金杯1着→東京新聞杯3着→読売マイラーズC2着→安田記念5着とすべて直線の長いコースに出走。着順をしっかりとまとめてくるあたりがこの馬の能力を物語っています。ただ、東京や京都・阪神外回りコースだとピッチ走法が活かせず歯がゆいレースに……。
どうして勝ち切れないのか?
今年の前半は1600mに狙いを絞ったローテーションが組まれたものの、京都金杯1着の後は惜敗が続きました。どうしてエアスピネルはあと一歩を詰めきれないのでしょうか?
それには2つの理由が考えられます。
1. マイルだとトップスピードが見劣る
2. 長所であるコーナー加速力を活かせないコース
この馬は1800mがベストなので、一線級相手のマイルだとトップスピードが少しだけ足りません。ピッチ走法なので、抜け出すときの50mはどの馬よりも俊敏に加速できるものの、最後に負けてしまうのはそのためです。
直線の長い東京や京都と阪神の外回りコースだと、ピッチ走法の長所であるコーナー加速力を活かせる場面が少なく、直線のキレ味勝負だと分が悪くなります(ストライドで走る馬が優勢)。
もちろん、主戦の武豊騎手もエアスピネルの特徴をわかった上で、安田記念などは加速力を最大限に活かすために、意識的に下げる競馬をしました。このレースでの誤算は2つあって、1つは1分31秒台の決着になったこと、もう1つは直線で2度詰まってしまったことです。
✳︎直線で詰まった1度目は脚を溜めたいスピネルには好都合だったものの、2度目のところが痛かった……。
武豊騎手は直線の長いコースで、どうすれば勝ち切れるのかを考えながらこの馬に乗っていることは間違いありません。
ピッチ走法の馬にとってマイル路線は「イバラの道」
現在のJRAのレース体系では、古馬の芝マイルGⅠは春が安田記念、秋がマイルCSの2つ。ただ、どちらも直線の長いコースのため、ピッチ走法よりもストライド走法に向いた舞台です。
ピッチ走法はコーナーを俊敏に回れること、そして脚の回転の速さで一気に加速できることが長所のため、小回り・内回りコースが適性としてずんどばです。エアスピネルであれば小回りコースで行われるBCマイル(芝1600m)がベストの舞台でしょう。
日本の芝マイルGⅠはいずれも直線の長いコースで争われることから、どうしてもピッチ走法のマイラーにとって「イバラの道」と呼ぶのにふさわしいローテーションになってしまうのです。
今年のマイルCSを好走できるのか?
さて、いよいよ本題に入ります。エアスピネルは今年のマイルCSを好走できるのでしょうか?
マイルCS>安田記念
エアスピネルにとって、マイルCSはベストとは言えないものの、安田記念よりも走りやすい舞台です。理由は以下の通り。
1. 4コーナーでの立ち回りが求められる
2. 直線が東京コースよりも短い
4コーナーをスムーズにスピードアップできるのかは、レースの結果を左右する大きなポイントとなり、この点はコーナー加速力に優れているためプラスに働きます。また、少しでも直線が短くなるのはチャンスです。
ややタフな馬場はプラス
今開催の京都の芝は良馬場であってもややタフなコンデション。また、週末にかけて雨の予報が出ているのも、トップスピードの足りないエアスピネルには追い風になります。
前走、不良馬場だった富士S(東京芝1600m)を楽勝しているように、馬場が重くなればなるほどキレる脚は削がれ、ピッチ走法で抜け出したこの馬を差すのは苦しくなるでしょう。このままパンパンの良馬場にならなければチャンスも。
不安点は2つ
エアスピネルがマイルCSを好走するにあたって、不安点は3つあります。それは以下の通り。
1. マルターズアポジーの逃げ→ペースが速くなると……
2. 京都の下り坂をロスなく走れる血が少ない
現在の京都の馬場状態を考えると、1分31秒台の決着にはならないはずで、逃げ馬マルターズアポジーのペースによっては1秒以上の前傾ラップになる可能性もあります。ピッチ走法のスピネルにとっては、ペースが流れると苦しくなる(トップスピードに乗ってからの脚が甘くなる)ので、不安な要素と言えるでしょう。
マイルCSは3〜4コーナーにかけての下り坂でペースが上がる傾向があるため、ここをロスなく走れるのかは大きなポイント。この馬は、下り坂が「ドンと来い!」という血を引かないので、その点はマイナスです。
R・ムーア騎手への乗り替わり
エアスピネルは今走で、武豊騎手からR・ムーア騎手への乗り替わりが発表されました。もちろん、この牝系の馬を知り尽くしている武豊騎手が乗らないのはマイナス。
ムーア騎手が拠点として騎乗する英愛は、Sadler's Wellsとデインヒルのパワー血統があふれており、ピッチの馬が多く走っています。また、ピッチ走法のモーリスの主戦騎手でもあり、その感覚で騎乗するなら、エアスピネルにはフィットする可能性も十分です。
I Dreamed a Dreame(夢は「彼方」で)
GⅠという夢にまだ手が届いていないエアスピネル。夢をつかみ取るために、マイルCSへと出走します。内容よりも「結果」を求められるレースとあって、ここは我武者らにゴールを目指す戦いに……。
「I Dreamed a Dream(夢は彼方で)」
3歳時につかめなかった栄冠を求めて、エアスピネルは淀のマイルへ向かいます。夢は淀にあるのでしょうか、それとも香港、はたまた来年のBCマイルでしょうか。
レミゼラブルの劇中歌「I Dreamed a Dream」ではなく、2014年9月に息を引き取った母エアメサイアと離ればなれになったスピネルには、BiSHの『オーケストラ』を贈ります。
参照:avex - YouTube(公式サイト)
母の制した秋華賞と同じ舞台となる京都の芝で、スピネルの夢は叶うのでしょうか。もう会うことのできない母へ、孝行息子はGⅠのタイトルをプレゼントすることができるのでしょうか?
I Dreamed a Dream.
それが、「I Dream a Dream.」となるような快走を期待して。
以上、お読みいただきありがとうございました。